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府民のいのちとくらしを守る大阪府再生ヘ

かつて、浜寺・羽衣には白砂青松、その名の通り松林が広がり遠浅のおだやかな美しい海岸が広がっていた。私も幼児期、父親と一緒に泳ぎ、貝を掘り、打ち上げられ砂浜を銀色に染めた魚を手掴みで獲った記憶が鮮明に残っている。

しかし、50年代後半、大阪経済の活性化と称し、堺、泉北コンビナートが建設され、子どもの笑顔があふれていた「海」はその姿を消した。その後、重厚長大型産業から、「新産業都市」への転換が60年代に進み、いま重化学工場群は老朽化し、空き地が点在する寒々しい光景が広がる。

70年代に入り、工場が発生させた光化学スモッグ被害が広がるもと、公害反対、府民の暮らし中心の黒田府政が誕生した。住宅・学校・保育所等の建設、そして民間福祉職員の劣悪な賃金格差は、府民の受け取る公的福祉としての権利の格差だ、と「公私間格差是正制度」が創られた。

79年に黒田府政が負け、再び大阪府は関空開発、バブル崩壊後も大阪湾ベイエリアの大規模プロジェクトを進め、小泉構造改革路線に乗った規制緩和を進めたが、結局大企業
は大阪には来なかった。

愛知県の車関連の中小企業がボーナスを出そうとしたら、親会社から「そんな金があるなら単価を下げろ」と親会社から迫られたという。エコ減税で自動車や電器産業が利益を上げる一方、日本のモノづくりを支えてきた零細企業の街、東大阪では1万軒あった事業所が廃業・倒産で2年前に6千軒、すぐに3千軒にまで減ると言われている。

橋下知事は大企業の景気回復なしに中小企業の活性化はない」と、再び呼び込み型の巨大開発に向け、大阪都構想」そして関西州へと突き進んでいる。

うっぷん晴らしのように、公務員いじめをして府民に対立を持ち込むような「おもろい首長」を選ぶのはもうやめよう。幾度も失敗した大企業・公共事業中心ではなく、医療・
福祉・教育、中小零細企業を大切にする府政へ転換させてこそ、いのちとくらしを守る大阪府再生の道がある。