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労働運動は「たたかう社会連帯」の先頭に

最近、マスコミはいっせいに「格差社会」問題をとり上げ始めている。「格差社会」問題とは、「競争社会」問題と呼びかえてもよい。

昨今、競争は社会の活力の原動力として是認され、勝者の"裕福さ"は努力の結果であり、勝者と敗者が生まれることは当然視されてきた。

このような論理に対し、「格差社会」問題は本当に「勝者の"裕福さ"」を是認してよいのかどうか、疑問を呈しているのである。

その発端となり象徴的事件としてとり上げられたのが、ライブドアの証券取引法違反である。今日社会の"裕福さ"はすべて金額で表示され、お金儲けのためにはグレーゾーンだけでなく、"何でもあり"の時代となってしまっている。思えば姉歯・耐震偽装事件や「JR尼崎脱線事故」も、すべて「拝金」主義や効率化の結果がもたらしたものであり、その意味ではライブドア事件と根元は同じである。その根元とは、規制緩和をすすめ市場化の下で競走を煽り、いっそうの経済の活性化を図るという小泉構造改革である。この小泉構造改革の規制緩和策は、日本の財界の要望だけでなくグローバル経済の権化であるアメリカ政府の要望でもあるという。

ところで、「格差社会」が問題となってきたからといって、「格差社会」反対や是正を求める社会世論が広範囲に起きているかといえば、必ずしもそのようになってはいない。

規制緩和による市場化と競争社会は、"過剰な競争"による広範な社会の歪みを生む。そして、この社会での歪みの最大の一つが『弱い者いじめ』である。競争は、勝者の中にさらなる勝者を生むとともに、弱者の中にも競争がはびこり、弱いもの同士で徹底したイジメが進行する。

「格差」社会を否定し、"人間が人間らしく"生き合っていく社会づくりに、いま重要なのは『たたかう連帯』の思想である。

最も弱い者たちへの思いやりの先頭に労働組合運動がしっかりと立ち、社会連帯のたたかいの先頭に立つことが求められているのではないか。